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ぼんちゃんのつぶやき

久保佳奈子(23)、自分のことを中心に発信していきます。

物事を継続させることに意味はあるのか?

自分

こんにちは。

今日は物事を継続させることの意義について考えてみたいと思います。

 

よく、新卒で入った会社で「とりあえず」3年頑張ってみるべきだ、という話を耳にします。

誰が言い出したのかな?石の上にも3年からきてるのかな?
でも、それは正直意味がないことだと思うんです。

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私は就活の時期に、「私の売りは継続力です。」と自分を売っていたほどに、何事も継続してきた人間です。
習い事は、ピアノ15年、サックス7年、英会話8年、水泳5年、とどれも長年続けました。
部活も塾も委員会も、途中で辞めたことはありません。全て最後までやり切りました。

 

でもその継続に、果たしてどれだけの意義があったのだろうと、今感じています。
それは、私がやってきたことに、明確に「やりたい」の気持ちがあったかどうか、が問題だと思います。

 

そりゃもちろんやりたくてやってきたこともありますよ。音楽大好きだし。
でも、例えば、
英会話なんて好きでやってたの?って聞かれたら、
答えはノーです。しかも、もう英語全く話せません。
塾のアルバイトなんて、3年半もやりたかったの?って聞かれたら、
答えはノーです。なんとなく始めてみて、特に辞める機会も理由もなかったので、そのままやっていただけです。

 

こうやって考えてみると、私が「なんとなく」とか、「とりあえず」でやってきたことは、自分の身になっていないんです。
その時間で、他に出来ることがもっとたくさんあったはずなんです。
ならば、継続という言葉に縛られずに、自分が本当にやりたいことを探す時間、やる時間に充てれば良かったと思うのです。


ただ、「継続は力なり」という言葉は、条件によっては、本当だと思います。
本気でやりたいことが見つかった時、中途半端な気持ちで、なんとなくやるだけでは、もったいない。
そこは、毎日どれだけ多くの時間を「賭けて」でも、やり切るべきだと思います。

それをやり切った時には、確実に何かしらの力がついているはずです。
継続してみて、どうしても上手くいかなかったら?
その時、また次の策を考えればいいのです。

 

結論。
やりたいのかも分からないことを、なんとなく、とりあえずでダラダラと続けることには、なんの意味もない。
けれど、やりたい!やる!と決めたことは、とことんやり切るべき。

 

私は今、自分の「やりたい!」を探している途中です。
だから、無理に継続させようとか考えずに、色んなことにどんどん手を出していこうと思います!

 

それではまた。